About Us

障がいや病気とともに生きる人や、がんなどの病気を克服した人が、生活し、働き、表現する上で、社会にはさまざまな困難が存在します。それは私達の中にある小さな偏見や誤解に原因があるかもしれません。それらが見えないバリアを生み、障がいや病気のある人達が活躍しづらい社会にしています。

「心のバリアフリーを実現したい」

同じ想いを持った仲間が障がいの有無にかかわらず集まり、2015年に当会が生まれました。

映画には、多くの人の心を動かす力があると信じています。 その力で人々の心のバリアを取り除き、誰もが輝くことが出来る真のバリアフリー社会を実現していきます。

 バリアフリー・フィルム・パートナーズ
会員一同

主要メンバー紹介

日置 有紀

バリアフリー・フィルム・パートナーズ共同代表。
1989年兵庫県生まれ。ファッションモデル。
18歳の頃、治療法の無い脊髄の病気を発症し、頚から下の麻痺となり電動車椅子ユーザーに。社会参加をしたいと仕事を探すが見つからず、社会から孤立していく。
2008年、障がい者向けウエディングドレスの商品モデルをしたのを機に、モデルとして活動を開始。様々なメディアで取り上げられるようになり『車椅子モデル』の言葉を一般化させる。
国際福祉機器展H.C.R. ミクニ ライフ&オート・デモンストレーション、TBS「NEWSな2人」/NHK・Eテレ「バリバラ」他TV出演、ヤマハ発動機・電動車椅子「02GEN」プロダクト撮影モデル、講演会など出演多数。福岡アジアコレクション2017では、初の障がい者・車椅子モデルとして出演。
車椅子ユーザー用レインコートなどの商品プロデュースも手掛ける。当会が製作する映画『ランウェイ』の先行撮影にも出演済みで、本編にも出演する。

病気とは全く無縁だった私の生活が一変したのは、18歳の時でした。
足に違和感を感じたのが始まりで、徐々に歩行が困難となっていき、車椅子生活になりました。

病気の悪化のため、一時は寝たきりとなり、生きることに絶望しましたが、家族や周りの支えもあり、一念発起して『車椅子モデル』として活動開始!!
…しかし現実には、車椅子モデルの募集はなかなか無く、一般のモデルオーディションに参加するものの、立てない・歩けないモデルを起用してくれるところは何処も無く、相手にすらされませんでした。  

車椅子モデルとして活動をしていると、バリアを感じる事も多く、何度も何度も壁にぶつかりました。 
でも、全国放送のテレビ番組に出演したり、有名企業の商品モデルのお仕事をいただくなど、様々なメディアで取り上げられて車椅子モデルを知って貰った事で、障がい者をモデルにしたファッションショーや障がい者・健常者を問わない募集も増えてきて、活動の幅も広がっていきました。

福岡アジアコレクション2017では、車椅子モデルとしてでは無く、他のモデルと同様に『モデル』として、ランウェイを闊歩する事が出来ました。
障がい者・車椅子モデルがこのショーに参加するのは初めてだったそうです。

毎日病気の再発・悪化の恐怖に怯えながら、それでもモデルとして頑張ろうと思えるのは、夢や目標があるからだと思います。

「障がい者、車椅子のイメージを変えて、どんな場所でも障がい者が普通に過ごせるようにしたい」

「障がいがあっても、車椅子でも、健常者と変わらず、当たり前のようにモデルをしたりTVや映画に出演出来るような社会にしたい」

私はこの映画は、その一歩に繋がると感じています。
この映画では、プロの俳優や障がいのある人が、同じスクリーンの中で、対等の立場で演技をし、1つの作品を作り上げます。

メッセージ性の強い作品になっているので、沢山の人に観て貰って、そのメッセージを感じ取って貰いたいです。

2007 年に起きた渋谷の温泉施設爆発事故に巻き込まれ車いす生活になりました。車いす生活になり初めてバリアにぶつかり、今まで当たり前に行っていたお買い物や食事にバリアという壁で行けなくなり最初は引きこもっていました。

そんな心身ともに疲弊していたとき、あるトレーナーに「行けない場所なんてありませんよ。段差、階段があったら自分が担ぎます。壁があったら壊しますよ」と言われ考えが180 度変わり前向きになれました。けれど、バリアフリーを掲げたお店でも「他のお客様の迷惑になる」と言われ、行くことのできる場所がわからなくなりました。

そんなある時、ある飲食店と出会い、建物の構造上はバリアがあっても周りの少しのココロがあればバリアフリーを超える素敵なお店や場所になることに気づきました。障がいのある方・高齢の方・ベビーカーを利用する方が、心地よく安心して外出でき、困った方がいたら声を掛け合える世の中を目指し2013 年10 月に「認定NPO 法人ココロのバリアフリー計画」を設立し、ココロのバリアフリーを広める活動を行っております。

この映画を通して、物理的なバリアの有無よりもココロのバリアフリーが大切だということを一人でも多くの方に知っていただきたいです。

そしてこの映画の中でも紹介されるココロのバリアフリー計画応援店の温かさを通して、一人でも多くの方が安心して出かけられる世の中になるよう願っております。

ココロのバリアフリー計画

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池田 君江

バリアフリー・フィルム・パートナーズ理事。
1975年大阪府生まれ。
2007年に起きた渋谷温泉施設爆発事故に巻き込まれ、脊髄損傷により車椅子ユーザーになる。ある飲食店の親切な対応に感動し、多少の段差があっても周囲の理解があればバリアフリーを超える快適な場所になる事に気づき「認定NPO法人 ココロのバリアフリー計画」を設立。応援店は全国約1,800件に上る(2018年11月時点)。

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森 圭一郎

バリアフリー・フィルム・パートナーズ副代表。
1978年埼玉県生まれ。シンガーソングライター。
16歳の時事故 により半身不随に。絶望の中で音楽 と出会い、2004年にプロデビュー。「本当のバリアフリーを形に」を広めるLove Hand Projectを立ち上げ、日本縦断ツアーを敢行。2011年「ゴールドコンサート」でグランプリほかを受賞。
NHK・Eテレ「ストレッチマンV」にストレッチマン・パープル役で2018年9月まで約5年間に渡って出演し、テレビで活躍。本作にも俳優として出演予定。

「音楽に障がいの有無は関係ない」

年間で100本近くのライブをしているとつくづくそう思う。障がいがあり頑張っているからそれが歌や詩に出てくるというけど、それは健常者も変わりなく頑張っているし健常者だから故にもっと頑張れ!と見えない心の障がいが、ないがしろにされるケースも多い。

音楽や芸術の本質は頑張ったことや、苦しんだこと、そのもではなく、その先にある真から感動するものを形にし評価されるものだと思う。表現者は言葉では伝わらないから、芸術と云う術で自分の「魂」を表現している。芸術に障がいの有無は関係ない。

そして今大きな問題は、障がい者=真面目、障がい者=優しい、障がい者=地味…。こういった固定観念が今の日本には染みこんでいると感じる。僕はこの障がいのイメージをぶっ壊したいと常々思っている。自分の音楽でも日々挑戦しているのだけど、この映画も今ある障がいのイメージを壊してくれると思う。これはよくあるお涙頂戴の映画ではなく、純粋に映画としてかっこいい作品なのだ。

障がいのイメージを変え、障がいとは健常とはなんなのか?を考えさせてくれる映画になる。僕も俳優として参加する予定だ。

「障がいも健常も関係ないぜ!」と云う魂の表現をこの映画で感じていただきたい。

 

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林 三枝

バリアフリー・フィルム・パートナーズ副代表。
1952年新潟県生まれ。
長女が小児がんを経験。それをきっかけに、小児がんを克服した人の中には後遺症や差別などにより就労が困難なケースも多いことを知り、支援団体として「認定NPO法人ハートリンクワーキングプロジェクト」 を設立。副理事長を務め、小児がん経験者の働き場所「はーとりんく喫茶」を作る。保険に加入出来ない小児がん経験者が入れる全国初の共済「ハートリンク共済」設立に貢献。多くの小児がん経験者の二次がんなどの晩期合併症の治療に役立っている。

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エイキ ミナコ

1988年新潟県生まれ。イラストレーター・絵本作家。
13歳の時に急性骨髄性白血病を発症、闘病の中で再発と骨髄移植を経験。小児がんの理解を広める活動に参加するほか、東日本大震災復興支援WithYouプロジェクト・絵本「しんちゃんのランドセル」の作画を担当、日本赤十字社公式チャンネルでも配信される。2016年には小児がんの晩期合併症である甲状腺がんを発症、手術で克服。やさしいタッチの絵とあたたかなメッセージで子供達に元気を届け続けている。

 

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あやな なな

神奈川県在住。
21歳の時、ギラン・バレー症候群を発症。手術を二度経験、一時は体重が24キロまで落ちる。筋力の低下や起立性低血圧などの合併症で車椅子生活となる。継続的なリハビリによって好きだった踊りが出来るまでに回復し、「踊ってみた」というジャンルの動画投稿を開始。車椅子の上からの軽快なダンスと豊かな表情で視聴者を魅了し、「ニコニコ超会議2018」に一般のダンサー達に混ざって選抜され出演。2018年6月1日の「心のバリアフリー・ファッションショー」でも、資生堂トップヘアメイクアップアーティスト・原田忠氏によるヘアメイクショーに出演して踊りを披露するなど、踊りを通して人々を勇気づけている。当会が製作する映画『ランウェイ』先行撮影にも出演。
 
 

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石黒 卓朗

バリアフリー・フィルム・パートナーズ理事。
1963年東京都生まれ。医師。新潟県立がんセンター新潟病院・内科部長。
血液がん患者の診療に取り組む中で、その人の身体特性に合った日常動作やリハビリが回復を早めるという観点から、スポーツ分野で注目される画期的な身体理論「レッシュ4スタンス理論」に着目、一般社団法人レッシュ・プロジェクト公認トレーナーに医師として全国で最初に認定される。体の安定を図る動作指導は怪我を防ぐだけでなく劇的な身体機能の早期回復に役立った例も経験する。患者会等では動きやすい身体操作方法の指導にあたるなど、がんサバイバーがより良い生活を送るための「支える医療」にも注力する。

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村越 ちはる

1991年東京都生まれ。
先天性脊椎骨端異形成症という生まれつきの障がいを持つ。大学卒業後、金融機関に3年間勤務するが、障がいの合併症で網膜剥離を患い失明の危機に遭ったことをきっかけに退職。同じように悩みや不安を抱える人達に心の救いを与えることが出来ればと、以前から信仰のあったプロテスタント教会で牧師になることを決意。再度大学に入学して神学部で学んでいる。

 

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帆根川 廣

バリアフリー・フィルム・パートナーズ代表。
1973年群馬県生まれ。映画監督。
2015年公開の骨髄提供を普及する目的を持った映画『迷宮カフェ』(KADOKAWA) に企画から携わり、監督・脚本を務める。骨髄提供の啓発にとどまらず、人生に迷った人々の再生の物語を温かな目線で描き、映画を観た人が実際に骨髄ドナー登録するなど狙い通りの成果をあげる。『迷宮カフェ』は現在でも全国各地で自主上映が継続中。
脳血管疾患のAVM(脳動静脈奇形)が判明し2010年に放射線治療(サイバーナイフ)を受けて2014年に治癒。発症時、一時的に目が殆ど見えなくなったことをきっかけに「障がいや病気があっても活躍出来る社会作りを」との想いから本作に挑む決意をする。

映画『迷宮カフェ』